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 第2回定例講演(2018/6/16)

江戸の数学「和算」にチャレンジ

ツボウチ塾・塾長 坪内 和俊 

[本記事は、会報『跡』第4号よりレイアウトを変更して掲載しています] 

1.はじめに

 安土桃山時代から江戸時代初め(鎖国以前)にかけて、中国で翻訳された西洋の天文学や数学が日本に入ってきたことにより、 江戸時代には日本独自の数学が発展した。「和算」の呼び名は、明治以降に西洋数学と区別するために使用されるようになったもので、 当時は「算術」などと呼ばれており、学問というよりは生活の中で役立つ「実学」としての意味合いが強かった。

【関孝和の肖像画】(日本学士院所蔵)

図-1 吉田光由『塵劫記』1631年
(東京国立博物館所蔵)

図-2 『新編塵劫記』(国立国会図書館所蔵)

ただ、算聖と呼ばれる関孝和(?〜1708)の研究以後は、ヨーロッパの数学に勝るとも劣らない成果を上げた分野もあった。 よく知られているものでは、関の弟子の建部(たけべ)賢弘(かたひろ)(1664〜1739)が 発見した円周率を求めるための公式である。これはヨーロッパでオイラーが同様の公式を発見する15年も前のことであった。 現在、若手数学者に与えられる賞に建部の名が冠せられている。
 和算の普及に大きな役割を担ったのが、吉田光由(1598〜1672)の江戸初期に発行した「塵劫記(じんこうき)」である。 単にそろばんの解説にとどまらず、数(小数も含む)の数え方や九九から始まり、実際の生活の中で役立つ計算法 (商品の売り買い・お金の換算・田畑の測量など)に加え、継子(ままこ)立て・鶴亀算・鼠算・俵杉算など数学遊戯的な問題まで掲載した。 これが大ベストセラーとなり、武士だけでなく、町人や農民にまで数学が広がる元となった。 光由自身が出版したのは4冊である(図-1)が、その後類似本が多数発行され(図-2)、寛永から明治に至る250年もの間読み続けられた。

2.代数的問題

(1)鶴亀算

 もともとは、中国の書物で雉と兎が使われていたが、文化12年(1815)ごろから日本人になじみの深い鶴と亀になったと言われている。

今有雉兎同籠 上有三十五頭 下有九十四足 問雉兎各幾何

 雉と兎が同じ籠に入っている。上から見ると頭が35頭あり、下から見ると足が94足あった。雉と兎はそれぞれ何羽いるか?

【現代の解き方(連立方程式)】

雉の数を \(x\) 羽、兎を \(y\) 羽とする。
頭の数の関係から   \(x+y=35 \cdots\) @
足の数の関係から   \(2x+4y=94 \cdots\) A
A−@×2より     \(2y=24\)
よって        \(y=12\)
また、@より     \(x=23\)

【和算の解き方】

35羽すべて雉とすると、足の数は
  \(2×35=70\)
雉を1羽減らし、兎を1羽増やすたびに足は2本ずつ増加するので
  \((94-70)÷2=12\)
で兎の数が求まる。これは連立方程式で \(y\) を求めるときの計算
  \(y=24÷2=(94-35×2)÷(4-2)\)
と同じことをしていることになる。
(解答) 雉 23羽、兎 12羽 
 鶴亀算の類似問題が私立中学の入試問題で出題されることもあるようだ。

(2)井戸の深さを測る

 水のない井戸の深さを測るのに縄を使いました。縄を3等分にして束ねて入れると、4m余りました。 次に、4等分にして束ねて入れると、1m余りました。井戸の深さと縄の長さは何mでしょうか?

(一関市博物館「和算に挑戦」平成26年度)


【現代の解き方(一次方程式)】

井戸の深さを $x$ mとする。
3等分した時の縄の長さは     \((x+4)×3=3x+12 \cdots\) @
4等分した時の縄の長さは     \((x+1)×4=4x+4 \cdots\) A
@とAは等しいから        \(3x+12=4x+4\)
これを解いて、井戸の深さは    \(x=8\)(m)
縄の長さは            \((8+4)×3=36\)(m)

【和算の解き方】

井戸の上に出ている部分の長さの違いは
 \(4×3-1×4=12-4=8\)
これは井戸の中にある縄の長さの差に等しい。この問題では、井戸の中にある縄の長さの差は 井戸の深さに等しいので、井戸の深さは8mである
(解答) 井戸の深さ8m 縄の長さ36m 
この場合も(1)と同様に方程式で解くときと同じ計算をしていることがわかる。

(3)俵杉算*1)

 右図のように俵を積み上げていく。最下段の俵が13で、高さが8段の時、俵は全部で何個あるか。

【現代の解き方(数列の和)】

1段積むごとに俵の数は1減少する
俵の総数を \(S\) とすると
 \(S=13+12+ \cdots +6\dots@\)
上の段から足しても同じ
 \(S=6+7+ \dots +13\dotsA\)
@+A \[2S=\overset{8段}{\overparen{(13+6)+(12+7)+ \dots +(6+13)}}\] \[S= \dfrac{\overset{8段}{\overparen{(13+6) \dots +(6+13)}}} {2}= \dfrac{9×8} {2}=76\]

【和算の解き方】

 右図のように、上下反転したものを並べると平行四辺形になる。この時、1段の俵の数は、
(最上段の数)+(最下段の数)
となるので、      \(6+13=19 \)(俵)
従って、俵の総数は   \(19×8÷2=76 \)
この式は、等差数列の和の公式による計算と全く同じである。
  (解答) 76俵 

*1)俵杉算
 俵を積み上げて、三角形にしたときに杉の木のような形になることからこの名前が付けられたといわれる。

(4)最大公約数と最小公倍数

 今有狐種蒔不知其石数 只云二斗四升宛蒔而無余又云四斗二升宛蒔而無余 問総石数得術如何

 狐が種をまく。その石(こく)数はわからない。ただ、2斗4升ずつまくと余りがなかった。 また、4斗2升ずつ巻いても余りがなかった。総石数はどれだけか。最も小さい値を求める。
(福島県三春町 稲荷神社 問題改)

【現代の解き方(最小公倍数を求める)】

 2斗4升=24升、 4斗2升=42升 だから、2つの整数24と42の最小公倍数を求めることになる。
2 )24  42 
3 )12  21 
  4   7
よって、最小公倍数は   \(2×3×4×7=168\)

【和算の解き方】

最大公約数を次のように求める
  1. 2つの数を並べ、大きい数42から小さい数24を引く。
  2. 24から残った18の倍数(24より大きくならない倍数、この場合は1倍の18)を引く。
  3. 18から残った6の倍数 (余りが0になる1つ前、この場合は2倍の12)を引く。
  4. ハの場合と同様に、左の6から右の6の倍数(この場合は0倍の0)を引く。
  5. 残った数が同じになったら、その数が最大公約数となる。

最小公倍数は、次の式(公式A)から求める。
\(\dfrac{(数1)}{(最大公約数)}×\dfrac{(数2)}{(最大公約数)}×(最大公約数)\)

    \( \dfrac{24}{6}×\dfrac{42}{6}×6=4×7×6=168\)

    (解答) 1石6斗8升 

 どちらの方法でも、最終的には \(6×4×7\) を計算していることがわかる。
 なお、公式Aは現在でも高校の数学で使われる公式である。

3.幾何的問題

(1)直角三角形と内接円

 直角三角形に、円が内接している。直角三角形の直角を挟む2辺の長さが、3寸と4寸の時、円の直径はどれだけか?

【面積からの解き方】

まず、直角三角形の斜辺の長さを求める。
三平方の定理*2)で  \(\overline{AB}^2=\overline{BC}^2+\overline{CA}^2\)
これより     \(\overline{AB}\) \(= 5\)(寸) となる。
 右図のように、内接円の中心 \(O\)と各辺の接点 \(D、E、F\) を結ぶ。
点 \(O\) を頂点とする \(△AOB、△BOC、△COA\) の面積の和は \(△ABC\) に等しく、 その高さ \(\overline{OD}、\overline{OE}、\overline{OF}\) は内接円の半径であり全て等しい。
 \(\dfrac{(AB×OD)} {2} + \dfrac{(BC×OE)} {2}+ \dfrac{(AC×OF)} {2}= \dfrac{(BC×AC)} {2} \)

\((\overline{AB}+\overline{BC}+\overline{AC})\)\(×\)(半径)\(=\)\(\overline{BC}×\overline{AC}\)

\((5+4+3)×\)(半径)\(=4×3\)
   半径=1(寸)

【接線の長さからの解き方】

\(\overline{AD}=\overline{AF}、\overline{BD}=\overline{BE}、\overline{CE}=\overline{CF}\) より
\(\overline{AB}=\overline{AD}+\overline{BD}\)
  \(=\overline{AF}+\overline{BE}\)
  \(=(\overline{AC}-\overline{CF})+(\overline{BC}-\overline{CE})\)
よって \(\overline{CE}+\overline{CF}=\overline{AC}+\overline{BC}-\overline{AB}\)
ここで、 \(\overline{CE}=\overline{OF}=\overline{OE}=\overline{CF}=\)(半径)
 (四角形 \(OECF\) は半径を一辺とする正方形)
\(\overline{CE}+\overline{CF}\)(直径)\(=\overline{AC}+\overline{BC}-\overline{AB}=\)\(3+4-5=2\)
  (解答)直径は2寸 

 和算では、上の考え方から導き出された式
内接円の直径 \(=\overline{BC}+\overline{CA}-\overline{AB}\)
が公式としてよく用いられている。

(2)直線に接する2円

 右図のように直線に半径3寸の大円と半径2寸の小円が点 \(A、B\) で接している。また、円同士も接している。 この時、接点間の距離 \(AB\) はどれだけになるか?

【解き方】

 図のように、円の中心 \(O、P\) を結ぶ線分を斜辺とする直角三角形 \(OPQ\) を作る。
三平方の定理から
 \(\overline{OP}^2=\overline{OQ}^2+\overline{PQ}^2\)
小円の半径を \(r\)、大円の半径を \(R\) とすると、
\(\overline{OQ}^2\)\(=(R+r)^2-(R-r)^2\)
   \(=R^2+2rR+r^2-R^2+2rR-r^2\)
   \(=4rR\)
よって   \(\overline{AB}=\overline{OQ}\)\(=\sqrt{4×2×3}=\sqrt{24}=2\sqrt{6}\)

   (解答) \(2\sqrt{6}\) 寸 

  江戸時代にも、上の考え方から導かれる
\(\overline{AB}=\sqrt{D_1D_2}\)  ( \(D_1,D_2\) は2円の直径)
が公式として使われていた*3)

*2)三平方の定理(ピタゴラスの定理)
 BC2世紀ごろ、既に中国では『周髀算経』で、この定理が扱われており、鉤股弦こうこげんの法と呼ばれ、 日本に伝えられてからも同じ名称が使われてきました。この定理の証明法は数百通りあるといわれていますが、 次の右図はその代表的な例で二つの四角の面積から証明できます。
外側の四角の面積は。内側の四角(黄)と4つの三角(緑)を加えたものと同じなので
  \((a+b)^2=c^2\)(黄)\(+ \dfrac{ab}{2}\)(緑)\(×4\)
   \((a+b)^2-2ab=c^2\)
   \(a^2+b^2=c^2\)

  \(\sqrt{5}\)     \(\dfrac{\sqrt{3}+1}{2}\)

*3)平方根
 和算では、平方根を求めることを「開平する」といっていました。平方根の記号はなかったので数値を開平して、近似値を記述していました。 また、「積144の方面は12」というような記述もみられます。 関孝和の傍書法では右のように表記していたようです。
 平方根を求める場合は、そろばんや算木が使われていましたが、その考え方としては右図のように面積を想定しながら 順に下の位を求めていきます。
例として \(\sqrt{15129}=123\) を求めています。
  1. 百の位:商に100を立てる
    \(15129-100×100=5129\) (実)
  2. 十の位:商に20を立てる
    \(20×100+20×20+100×20=4400\) (法)
    \(5129-4400=729\) (実)
  3. 一の位:商に3を立てる
    \(3×120+3×3+120×3=729\) (法)
    \(729-729=0\) (実)

(3)魔方陣

 魔方陣とは、正方形のマス目に数字を入れ、マスの縦・横・斜めの数の和がすべて等しくなるようにしたものである。 日本でも、ヨーロッパに劣らず研究が行われ、三方陣から三十方陣までの作り方を示したり、
$4×4×4$ の立体方陣を考案したりしている。
 右のような $3×3$ のマス目に1〜9の数字を1つずつ入れて、縦・横・対角線の数の和がすべて等しくなるようにする。

【通常の考え方】

1〜9の合計は45だから、1列の3つの数の合計は
\(45÷3=15\)  となる。
3つの数の合計が15になる組を考えると
\((1,5,9)(1,6,8)(2,4,9)(2,5,8)\)
\((2,6,7)(3,4,8)(3,5,7)(4,5,6)\)
の8通りしかない。この内、図イの $A$ に入る数は4通りの組み合わせに使われるので、8通りのうち4回出現する“5”であることがわかる。 次に図イの $B$ のマスに入るのは、3通りの組み合わせに使われるので、3回出現する “2,4,6,8” となる。 数字の組み合わせを考えて配置すると、図ロのような解が考えられる。実際、回転したり、対象移動したりしたものを同じ解とすればこの1通りしかない。 ところが、この考え方では一般的な解法とはならず、他の方陣には適用できない。

【バシェー方式*4)

右の図のように、方陣の外に別のマスを用意し、斜めに1〜9の数字を入れていく。 次に方陣の外のマス(黄色で塗った部分)の数を、同じ列または行のもっとも離れた空欄に移動する。
(例) 1 → 5の下  3 → 5の左
これで、先の解と同じものができる。

$5×5$ の魔方陣でもこれと同じ方法が使える。 ただし、 $4×4$ の偶数の場合はこの方法が使えない。
 因みに、4方陣は880通り、5方陣は2憶以上(275,305,224)あることが知られているが、6次以上の魔方陣の総数はまだ知られていない。

*4)バシェー方式
バシェーとは16世紀のフランスの数学者の名前ですが、和算でも『方陳法』や『方陣之法辨解』などにみることができます。


    【参考文献】
  1. 平山諦「和算の歴史」ちくま学芸文庫
  2. 「和算の歴史/江戸の数学」国立国会図書館
    ホームページhttp://www.ndl.go.jp/math/s1/1.html
  3. 吉田光由「塵劫記」大矢真一 校注、岩波文庫
  4. 山根誠司「算法勝負!江戸の数学に挑戦」講談社BlueBacks


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2018年度第2回講演より

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