第1回定例講演(2018/4/21)

ジオとしてみた濃尾平野と木曽川

岐阜大学名誉教授 小井土 由 光 

[本記事は、会報『跡』第4号よりレイアウトを変更して掲載しています] 

1. ジオとは

 ジオ(=Geo)とは、地球あるいは大地を意味する英語の接頭語にあたる用語であり、例えば大地のことを研究する分野である「地質学」は英語でGeologyという。 ジオは、人間の生活にとっての土台としてその根幹をなし、そこから恩恵もリスクも受けながら、人間の歴史にさえ多大な影響を与えてきた。
 ジオは生活のいろいろな場面で深く関わっているはずであるが、われわれはそれらをほとんど意識することなく過ごしていると言ってもよい。 ジオに関わることを比較的意識する場面はそのリスクにあたる災害に遭遇した時であろうが、それでも災害に至る道筋をジオとしてきちんと理解できている例は少ない。
 ここではわれわれの生活に身近なジオとして濃尾平野をとりあげ、その中を流れる木曽川が果たしている役割として水害というリスクについて考える。

2.濃尾平野の地形

 濃尾平野は日本でも代表的な海岸平野の1つであり、その中を木曽三川と呼ばれる木曽川・長良川・揖斐川が流れ下り、おもにそれらが上流から運び込んだ大量の土砂を流路と変えながら堆積させていったことで広大な平坦地が形成されていった。 ただし、運び込まれる土砂が原則として粗いものから順に堆積していくことで、平坦地とはいってもわずかな凹凸をともなっている。 それらの特徴により平野の地形は上流側から下流側へ向かって扇状地地帯、自然堤防地帯、三角州地帯に分けられる。

【扇状地地帯】

 川が山地部から平野部へ流れ出ると、傾斜が緩やかになり、川幅が広がることで川の流速が低下し、そのため運ばれてきた土砂のうち大きく重いものが落とされていく。 そうして形成される半円形あるいは扇形をなす地形が扇状地である。

【自然堤防地帯】

【河跡湖公園】*)
(自然堤防で取り残された三日月湖)

 扇状地地帯の下流側では河川勾配がさらに緩やかになり、川が蛇行を始める。 そこでは扇状地地帯でまだ落とし切れなかった土砂のうち粗いものを川沿いに落とし、人工堤防と同じような高まりをつくる。 これを自然堤防という。 運ばれてきた細かい泥は自然堤防からあふれた水によってその背後に運ばれて後背湿地と呼ばれる低地にたまる。

【三角州地帯】

 自然堤防地帯より下流になると川の流れがほぼ止まり、非常に細かい泥も落ちざるを得ない場所となり、そこが三角州地帯である。
 これら3つの地帯には明確な境界はなく、扇状地地帯と自然堤防地帯の自然堤防は粗い物質が堆積している場所、 自然堤防地帯の後背湿地と三角州地帯は細かい物質が堆積している場所と理解すればよい。

(1)濃尾平野の地形的特徴

 濃尾平野においては、木曽川が作った扇状地が長良川や揖斐川・根尾川のそれらに比べて非常に大きく、さらにその下流側の自然堤防地帯では自然堤防の分布密度が木曽川流域できわめて高くなっている(図-1)。 これらのことは、木曽川が上流から運んでくる土砂の量が長良川・揖斐川・根尾川にくらべて圧倒的に多いことを示している。

図-1 濃尾平野における地形区分

(2)濃尾平野の様相

 濃尾平野付近を通る主要な交通路には江戸時代に東海道や中山道が、明治時代になってから東海道線がそれぞれある。 これらの交通路は、多くの人間が恒常的に生活する集落あるいは都市を結ぶように敷設されており、 海上を通る東海道も含めていずれも濃尾平野の中心部を避けるようにその縁を通っている。 都市等は地形的に高い扇状地や自然堤防密集地に作られており、逆に都市を形成しにくく生活にあまり適していない地域は 水害が起きやすい低地にあたる。 ちなみに、その都市を結ぶ必要が無くなり、濃尾平野の中心部を横切る交通路が敷設されたのは1960年代になってからの 名神高速道路と東海道新幹線であり、主要な交通路が地形的な高低差とは無関係に敷設されるようになったのは 比較的最近のことである。

3.濃尾平野の形成過程

 土砂が下流へもたらされるためには上流で大地が浸食されて土砂が作られ、それらを下流へ運びだす作業が必要になる。 すなわち土砂の生産量と運搬量が重要になる。

(1)木曽三川の土砂運搬力

 木曽三川流域の大まかな地形を見ると、木曽川の上流部にあたる日本アルプス地域で等高線の間隔が密になり、 急峻な地形が目立つ。それに対して長良川や揖斐川の流域は等高線の間隔が開いており、なだらかになっている。 これを比較的最近の約100万年ほどの間における大地の隆起・沈降量と比べると、地形が急峻な地域は隆起量の大きい地域、 なだらかな地域はその小さい地域にそれぞれ対応している(図-2)。

図-2 木曽三川流域の大地形と隆起・沈降量

 ほぼ同じ地域の地質を見ると、長良川流域と揖斐川流域はおもに中生代堆積岩類が分布して いるのに対して、木曽川流域には花崗岩類が広く分布している(図-3)。 花崗岩類は石材として広く利用されるほど固い岩石であるが、風化するとぼろぼろになり、マサと呼ばれる砂になる。 堆積岩類はそうした風化の仕方をせず、この違いが土砂の生産量に差異をもたらす。

図-3 木曽三川流域の地質概略図

 これらに加えて、木曽三川における各流域の流域面積をくらべると、木曽川流域が圧倒的に広く、 それだけ木曽川の水量が多いことになる。上流で大量の土砂が削られ、しかも削られやすい砂が大量に作られており、 それらが大量の水で運ばれることで木曽川の土砂運搬量が絶大になる。 これが濃尾平野の地形にみごとに反映されて広大な扇状地と自然堤防密集地を形成することになる。

(2)濃尾傾動運動

 上流から運ばれてきた土砂は、それをためる場所がないと海に注がれて海流に運ばれていってしまう。 必ずその土砂を受けとめる入れ物をつくらないと平野はできない。 濃尾平野では濃尾傾動運動と呼ばれる大地の運動がそれにあたる。
 この運動は、濃尾平野と西側の養老山地との間を走る養老−伊勢湾断層を境として濃尾平野の西部が沈降し、 平野全体が西方へ傾斜していく運動であり、おおよそ200万年〜300万年以前から始まって現在も継続中である。 ただし、目の前で平野が沈んでいくことがわかるというものではなく、なかなか理解しづらい運動であるが、 その表面を流れる木曽川が下流ほど西へ寄って流れていることに運動の影響が読み取れる(図-4)。

図-4 濃尾平野の衛星写真

濃尾平野へ出た木曽川はまっすぐに伊勢湾へ向かって流れるのではなく、西へ向かって流れてから笠松付近で南東へ 折れ曲がり、徐々に西側の養老山地に近づくように流れ下る。
 川が西へ偏って流れる傾向にあるため、運ばれてきた土砂は平野の西部ほど厚く堆積していく。 その厚さがそのまま入れ物の沈降量になり、堆積物の堆積期間が沈降期間になり、それらから速度が求まる。 その値は平均して年に0.5〜0.6mmであるが、実際には非常に不定期に不規則に沈降している。 濃尾傾動運動で形成された大きな入れ物が上流から運ばれた土砂の受け皿となり、そこに土砂がたまっていった結果として 濃尾平野ができたことになる。

4.木曽川の流路とそのリスク

 濃尾平野における木曽川は、上流から運び込んだ大量の土砂により巨大な扇状地を形成するとともに、濃尾傾動運動の影響で西へ向かう流路となっている。

(1)流路の特徴

 木曽川の扇状地を貝殻に置きかえ、その上に木曽川の流路を書くと、木曽川は扇状地の北のへりに沿って西へ向かって流れ、 下流へ行くと南へ曲がっていく(図-5)。その流域では愛知県側で高く、岐阜県側で低いことになる。 各務原付近では北側に高い台地があるためわかりにくくなっているが、その下流側では扇状地の北へ向かう斜面の途中を 木曽川が流れていることになり、放っておけば木曽川の水は岐阜県側に流れ込むことになる。 実際には極端な高低差があるわけではないが、ジオとしてみれば愛知県側に比べて岐阜県側に流れ込みやすいという 自然立地条件をもっており、木曽川の岐阜県側は水害というリスクを備えた地域ということになる。

図-5 貝殻により模式的に示した木曽川扇状地

(2)御囲堤(人為的要因)

 御囲堤おかこいづつみは、徳川家康により1608〜1610年に 木曽川左岸に沿って当時の河口付近まで作られた堤防である。 これには軍事的な側面もあるが、治水的な側面だけを見ると、木曽川の流路の特徴を人為的にさらに強調して、 尾張国側を木曽川の水から守ることで農業生産力を高める施策であった。 地形的に高い尾張国側に堤防を築き、地形的に低い美濃国側に堤防を築かせなかった結果、 これ以後に岐阜県側は水害の宿命を背負うこととなった。これはジオのリスクを人為的にさらに強調したものであり、 これにより岐阜県側の犠牲という歴史が作られていったことになる。

5.まとめ

  1. 木曽川は上流から大量の土砂を運び出し、濃尾平野において巨大な扇状地と自然堤防密集地を形成している。
  2. 濃尾平野全体が濃尾傾動運動で西に傾く運動をしており、木曽川は扇状地の北縁を西へ向かって流れている。
  3. 扇状地付近における木曽川は岐阜県側へ傾斜した斜面上を流れており、その水は岐阜県側へ流れ出る傾向にある。
  4. 地形的に高い愛知県側に「御囲堤」が築かれたことで、岐阜県側に水害の宿命が生まれた。

*) 図番のないものは、編集部が独自に後から追加したものです


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2018年度第1回講演より

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