Lecture

UpDate/2017/1/15





第4回定例講演
(平成28年10月17日)


金生山化石と赤坂地名
(岐阜県地名文化研究会 会長)説田 武紀
*本ページは、当講演及びその資料を参考に当編集部にて作成したものです。

◎写真はクリックで拡大表示されます

T.金生山は石灰岩の山

写真-1 金生山石灰石鉱山(2009年撮影)

 金生山は岐阜県大垣市の赤坂町にある日本有数の石灰岩の山で、 正式には「かなぶやま」と読みますが、「きんしょうざん」という方がよく知られています。
 石灰石は我々の生活にも深く関わっていて、鉄鋼や食品などにも使われていることは余り知られていません。 また、資源が乏しいとされる日本において、全てを国内で供給している数少ない資源でもあります。
 金生山では江戸時代より良質な石灰石が採掘されていて、それを輸送するために大正8年(1919)に東海道本線の支線として 美濃赤坂線が、昭和3年(1928)に西濃鉄道市橋線・昼飯線が敷かれました。(現在、昼飯線は廃線)

1)石灰石の生産

 石灰岩は、主に方解石(炭酸カルシウム・CaCO3)という鉱物から出来ている岩石で、 これを鉱業資源として取り扱う場合に「石灰石」と呼びます*1)
 全国に200以上ある鉱山から生産される石灰石は、年間約1億4千万トン*2)になります。

図-1 日本の石灰石鉱床分布図(石灰石鉱業協会資料参照)

*1)石灰岩、石灰石、大理石
石灰岩と石灰石は同じもので、学問的な立場と鉱業的な立場で呼び方異なるだけです。
また、石灰岩が地中の熱によって熱変成を受け再結晶化したものが大理石なのですが、石灰石を壁面の建材として使用する 場合も大理石と呼ぶことがあるようです。
*2)生産量の推移
1.4億トンは「石灰石鉱業協会調査部」の2016年の資料によるものです。生産量は90年代の2億トンをピークに減少傾向のようですが、 2011年の1.3億トンから徐々に回復してきているようです。 また資源エネルギー庁の資料によれば、ピーク時の1991年の鉱山数は325とあります。

2)石灰石の形成

 有孔虫、石灰藻、フズリナ、ウミユリ、サンゴ、二枚貝などの炭酸塩の骨格や殻を分泌する生物によって 有機的に沈殿固定される(生物礁*3))か、または海水から直接無機化学的に沈殿して形成されます。
 大陸の浅瀬などで堆積したできたものは、陸地からの影響で不純物を含み易いのですが、 日本の場合は、海底のマグマの噴出でできた海山*4)に固着した生物礁が太平洋プレート*5)に運ばれ、 日本列島に潜り込むときに付加してできた地質体(付加体)であるために、純度の高い(高品位の)石灰岩が採掘されるのです。

図-2 石灰岩の形成過程の模式図(出典:石灰石鉱業協会)

図-3 サンゴ礁の進化

映像-1 日本列島誕生

*3) 生物礁
代表的なものがサンゴ礁です。
現在のサンゴ礁では最大で6m/千年という堆積速度も記録されているそうですが、一般には0.5から1.5m/千年といわれています。
そうしたサンゴ礁とその内海(ラグーン)とが織りなす美しい景色も、千年単位の地球の歴史からすれば、ほんの一コマなのかも知れません。
*4) 海山
海中の山のことで、その頂上が海面上に出ていないため、島となっていない地形。
*5) 太平洋プレート
海嶺とは、海底火山の連なりで総延長は6万kmにも及びます。その火山から吹き出した溶岩が海水で冷えて固まった厚さ数十キロメートルの 岩盤が海洋プレートなのです。太平洋プレートの場合、遥か東の「東太平洋海嶺」から凡そ1億6千万年かけて日本列島に到達しているといいます。
 右の映像(映像-1)は、そうした海洋プレートの成り立ちから日本列島の誕生までを分かりやすく30分程にまとめられています。

3) 石灰石の用途

図-4 石灰石用途別構成比
(石灰石鉱業協会資料より作成)

 石灰石の主要な用途は、主にセメント原料やコンクリート用・道路用骨材で、全体の約3分の2を占めています。 図-2 の石灰は生石灰と消石灰の総称です。 生石灰は石灰石を焼成炉で焼成したもので、主成分は酸化カルシウム(CaO)で、 更にそれを水で反応させた後、分級整粒して出来た白色粉末が消石灰で、主成分は水酸化カルシウム(Ca(OH)2)です。 こうした石灰は、鉄鋼、化学工業、農業、食品製造、建築土木や公害防止などの様々な分野に広く使われています。 そして、その出荷量では岐阜県が最も多く占めています*6)

◆鉄鋼

図-5 製鉄の流れ概略図

 一見製鉄とは関係がないように思われる石灰石は、製鉄プロセスにおいて必要不可欠な副原料なのです。 鉄を還元する際には、鉄鉱石に含まれるシリカやアルミナなどの鉄以外の成分を取り除く必要があります。 石灰石を加えるとそれらの成分と溶融し融点が下がるため、鉄と分離・回収しやすくなるのです。
 高炉では、石灰石で銑鉄とそれ以外の成分(高炉スラグ)とに分離し、次の転炉や電気炉では、その銑鉄に生石灰を加えて 鋼とそれ以外の不純物(製鋼スラグ)に分離します。 こうした過程で排出されたスラグは、再処理をしてセメントや骨材などに再利用されます。

◆食品関連

  石灰石から製造した炭酸カルシウムの微粉末を「タンカル」と呼びますが、 石灰石は人体に安全で、カルシウム分そのものが栄養素であることから、以下のようなさまざまな食品の加工、添加用に使用されています。
 【タンカル】
食品効果(目的)
パンイースト菌がよく活動できるPHになるように調節する
クラッカー低温で発酵を速め、製品の腰を強くする
めん類・スパゲティ小麦粉中の酵素の活性を抑え、製品の変色、変質を防止する
米菓焼むらを無くし、色を白く、成形し易くする
糖衣菓子・薬品類糖衣面が美しく仕上げる
チョコレート油分の浮きを抑える
味噌こうじの酵素力を強める
漬物酸味を中和する
練り製品腰を強く、色を白くする
 【消石灰】
食品効果(目的)
精糖さとうきびや甜菜から絞られた粗糖汁の中の不純物を除去する
こんにゃくこんにゃく溶液を凝固させる
その他、石灰から作った硫酸カルシウムでは豆乳の凝固剤として使われています。

写真-2 採掘現場

写真-3 ベンチ型切羽

写真-4 石灰岩

写真-5 カルスト地形


◆その他の工業製品

 食品以外にも様々な工業製品に使用されています。
工業製品効果(目的)
ゴム増量充填剤、非補強性充填剤(重質)、補強充填剤(軽質)、加工性の向上
プラスチック加工性、補強性、経済性、導電性、絶縁性、ガスバリア性(気密性)
シーリング材増量剤、粘度、引張物性の向上、目地形状の保持、破断防止
塗料光沢維持、粘度調整、白色度向上、経済性(重質)
印刷用インキ透明性(着色顔料の発色を阻害しない)、光沢性、流動性の調整
製紙*7)保存性、不透明度、白色度、インキ受理性、平滑度、筆記特性などの改善
硝子透明性や耐久性の改善
アスファルト見かけの粘度を高め、かつ材の間隙を充てんする働きがある。
飼料カルシウム不足防止(鶏)、牛乳の分泌促進(牛)
肥料土壌酸度(pH)の矯正や保肥力

 このように石灰石は、私達の知らない様々な分野で活用されています。そして今、期待されている分野の一つに環境浄化があります。 石油、石炭の燃焼時に発生する酸性物の中和・無害化や、鳥インフルエンザの予防、処理・消毒や、 さらに最近では、石灰を利用してアスベストの処理を行う方法の技術的な確立が進められています。
 こうした研究や技術によって、より広く、より多くの産業に活用されていくことは、 国内で自給できる鉱物資源であるだけに、大いに期待したいものです。
*6) 生石灰、消石灰の都道府県別出荷量のシェア(2006年)
生石灰:@岡山県(13.3%)、A岐阜県(11.6%)、B山口県(7.8%)
消石灰:@岐阜県(18.5%)、A栃木県(10.9%)、B山口県(7.4%)
(出典:経済産業省「工業統計」)
*7) 塗工紙
抄きあがった紙に「顔料」と「バインダー(接着剤)」を水に分散させた溶液(塗工液)を塗布し、乾燥させて作る紙を「塗工紙」と言います。 その塗工量が多い順に、アート紙、コート紙(A2コート)、軽量コート紙(A3コート)微塗工紙と区分しています。 因みに、塗工していない用紙には、上質紙、中質紙、更紙などがあります。

U.金生山の化石

写真-6 大垣城の石垣

 大垣城の石垣にも化石を見ることができます。(写真-6abcd) 化石の解説を聞きながらお城を廻るのも、また違った面白さを味わうことができるかも知れません。
 大垣城は明応9年(1500)に宮川氏によって建てられたといわれています。 戦前は四層の天守や艮隅櫓(うしとらすみやぐら)は国宝に指定されていたそうですが、 戦災で焼失してしまい、現在のお城は昭和34年(1959)に再建されたものです。

写真-6a フズリナ

写真-6b シカマイア

写真-6c ウミユリ

写真-6d ベレロフォン

1) 金生山周辺の地層

 美濃帯堆積岩類の中の巨大な石灰岩体の1つである赤坂石灰岩は、古生代ペルム紀に低緯度地方の火山島の上にできた 生物礁周辺の環境を表わしていると考えられています(図-2)。 また、明治11年(1878)にドイツのギャンベルによってもたらされた日本産化石の記載が第一号であったことなどから 「日本の古生物学発祥の地」と呼ばれたりします。

図-6 岐阜県周辺の地帯構造区分
(参考文献-4 P8「岐阜県の地質外観」)

写真-7 金生山地質調査(2009)


 赤坂石灰岩は全体としては西傾斜の単斜構造であるが、東西方向の横ずれ断層により南北方向に5つのブロックに分かれている。 更にそれぞれのブロック内にいくつかの断層があり、地層の繰り返しや欠如が推定されるが、断層の変位が分からないため、 地質図(図-7)にはそれらの一部しか表示していない。
(参考文献-1より引用)

地質時代地層名凡例
新生代第四紀完新世沖積層
更新世段丘礫層
中生代白亜紀貫入岩体-
三畳紀
 〜ジュラ紀
梅谷層
古生代ペルム紀後期赤坂石灰岩最上部層
上部層
前期中部層
下部層

図-7 金生山の地質図(「金生山化石研究会・1981」に加筆)


2) よく知られた化石

地質層主な化石
最上部層フズリナ(ナンジェラ、コドノフジェラ、ライチェリナ)
海綿、コノドント、コケムシ、ウニ、小型貝類、三葉虫
上部層フズリナ(ヤベイナ、ネオシュワゲリナ)
サンゴ(ワーゲノフィルム)
大型貝類、貝形虫、三葉虫
中部層フズリナ(ヤベイナ、ネオシュワゲリナ)
サンゴ(ワーゲノフィルム)
大型貝類
下部層フズリナ(カンセリナ、シュードドリオリナ、パラフズリナ)
サンゴ(ヤツェンギア)
ウミユリ、軟骨魚

*赤字は間違いの指摘を受けて訂正した箇所です(2017/7/11)

フズリナ Fusulina

写真-10 フズリナ(ヤベイナ)

 フズリナは単細胞の原生動物で有孔虫の一種です。石灰質の殻を持っていたことから、石灰岩中に現れる化石としてよく知られています。 古生代の浅海で大繁栄しましたが、およそ2億4500万年前に他の海洋生物と共に絶滅しています。
(⇒「3億年以上前の地層PT境界」
 ペルム紀のフズリナによる生層序*8)が赤坂石灰岩の研究を基準として発展をとげた経緯もあって、赤坂・金生山は 世界におけるフズリナ研究のメッカ的存在になっているのです。
右の写真(写真-10)は
   上) 研磨断面 直径8mm
   中) 風化面  直径10mm
   下) 分離単体 直径10mm

図-9 フズリナの連続した進化系列

 ◆
シカマイア Shikamaia

写真-11 シカマイアの化石

写真-12 シカマイアの復元模型
(出典:大垣市文化事業団)

 シカマイアは古生代末に生息した1mを超す巨大な二枚貝です。
 昭和43年(1968)に横浜国立大学の尾崎公彦博士によって記載され、 学名の
”Shikamaia akasakaensis”
は、 尾崎先生の恩師である鹿間時夫博士と産地の赤坂に由来しています。 当時は、まだよく分からない生物でした。 その後、中東や東アジアで相次いで発見され、次第に研究されるようになり、 昭和58年(1983)にシカマイアという属名が正式に認知されました。
 昨年(2016)の夏に、最初に発見された金生山の下部層の石灰岩から、多くの部分化石を削り出し、その全体像が復元されました (長さは 1.2 メートル)。

 ◆
ウミユリ Crinoid

写真-13 ウミユリの化石

映像-2 海底を這うウミユリ

 ウミユリは、ヒトデやウニなどの棘皮きょくひ動物の仲間です。 冠部かんぶと呼ばれる花のような部位と茎があることから 植物のような名前がつけられたのです。
 最古のウミユリの化石は、約5億年前の古生代オルドビス紀の地層から見つかっており、 古生代の浅海で大繁栄したようですが、現在のウミユリは水深100m以上の深い海にしか分布していません。 他の海洋生物から身を守るために、比較的安全な深い海に逃げ延びたものと考えられており、 当時の祖先形を最もよく保存している生物として「生きている化石」のひとつにも数えられているのです。  幼生から成長して成体になるまでの間は、海の中を自由に動き回れるようです。 そして成体になってもゆっくりですが動くようです。最近、深海底を這い歩くウミユリの映像が公開されています。(映像-2) この映像の真為は確認できませんでしたが、化石から連想されるウミユリのイメージによく合っています。
*8) 生層序
地質時代を通じて繰り返しのない生物進化に着目して、地層の対比や地質時代の区分を行うことを生層序学という。 地層の対比や地質時代の区分については、軟体動物化石などの大型化石動物を用いて行われてきたが、 1960年代以降、浮遊性有孔虫化石をはじめとする浮遊性微化石を用いた生層序学がさかんになり、地層対比の精度が向上した。 そして、それによって古地理復元の分解能が上がっただけでなく、また様々な問題が明らかになり、 地史研究に新しい視点があたえられた。 
(柴正博『生層序学の方法と問題点』斎藤・鎮西、1985)

V.赤坂地名

 一般には、赤土の多い土壌、高低差のある坂の多い地形などが由来とされています。
東京の赤坂は、茜が群生していて、古くは「茜坂」であったともいわれています。
 全国の「赤坂」地名を列挙してみました。
【 】は鉄道の駅名です(
は地下鉄)。
こうして見ると鉄道の赤坂という駅名は少なく、 「美濃赤坂」の場合などは、石灰石を運ぶという特殊な事情で稀なケースといえます。

【参考文献】
  • 西脇二一、他:『ペルム紀赤坂石灰岩の地質古生物学的研究その1 市橋地域の最上部層の層序と地質構造』
  • 河村宏明:『白いダイヤモンドが未来を拓く』、focus the 産業動向
  • 牧雄一郎、松本仁之:『石灰石鉱業の現状と課題』(2000/3)地質ニュース547号 
  • 小井土由光:『みの ひだ地質99選』(2011/7)岐阜新聞社 
【参考ウエブサイト】


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