Lecture

UpDate/2016/11/19


第2回定例講演
(平成28年6月18日)

音律と度量衡
(愛知地名文化研究会副会長/工学博士) 奥田 昌男

*本文と図-1、3、5 以外 は当編集部で追加挿入したものです。


1.発端

図-1 推定キルギス人故地(出典:ERINA東北アジア図に加筆)

 1998年、中央アジアのキルギスタン国で働いた折、キルギス部族の故地が
 「Turupanの北方2500里、Gun-Ordosの北西3500里」
にあるという漢籍*1)の英訳文(出典不明)に接した。文中のTurupanは新疆ウイグル自治区にあるトルファン(吐魯番)であろう。 しかし、Gun-Ordosの現在位置は判明していない。Gun-Ordosの所在は、黄河の屈曲部にあるオルドス高原の何処かであると想定し、 キルギス部族の故地がシベリアに在るイェニセイ河付近だという、大体の場所を地図上で探し出した。 ここで問題になったのが、古代中国の里程をメトリックに直せば幾らになるだろうかということであった。 古代中国における里程*2)の評価は難問なのである。古代中国の里程を調べる内に、古代中国の度量衡の基準が“音律”であることを知ったので、 音律と度量衡の関係がどのようなものかということを漢籍で調べた。
*1) 漢籍(かんせき)
中国の書物。中国人によって書かれた漢文形態の書物。
*2) 里程(りてい)
里で表した距離。里数。陸地を行く道のり。
里(り)は、尺貫法における長さの単位である。現在の中国では500m、日本では約3.9 km、朝鮮では約400mに相当する。
   〔古代中国の里程]
 『漢語大字典』(漢語大詞典出版社)の「里」「歩」の記述から 6 尺= 1 歩、300 歩= 1 里となり、秦~新莽時代の 1 里は、 当時の 1 尺= 23.1cmから 415.8m(=0.231×6×300)と推測できる。 また、崔瑞徳・魯惟一編『劍橋中国秦漢史』(中国社会科学出版社)に載っていた<漢代的度量衡>においても 漢代の 1 里= 415mとあった。

2.古代中国の音律

 中国の古典『管子』五行に曰く

図-2 十二律/六律(青)六呂(黒)

「その昔、黄帝は音声の緩急の違いによって、宮・商・角・徴(ち)・羽の五声を創案し、 これによって五鐘の音階を正し、五鐘のそれぞれに名をつけた」
と。また、『呂氏春秋』古楽に曰く
「黄帝は伶倫に命じて、栄将と共に十二鐘を鋳造させ、それによって五音を調和させた」
と。古代中国には五音十二律があったことになる。
更に、『漢書』律暦志上に
「虞書(ぐしょ)曰く“乃ち律・度・量・衡をひとしくす”」
とある。ここでは(音)律と度量衡が同根であることを明言している。

3.黄鐘おうしょう  

図-3 度量衡

 十二鐘の一つ黄鐘は六律六呂の基本とされる音である。 黄鐘は陰暦の11月に配されているので、11月の異称とされ、黄鍾とも書く。 上述の『呂氏春秋』古楽によれば、
「黄帝は伶倫に命じて音律を制定した。これを舍少という」
と。 舍少は律管(すなわち黄鐘)とよばれるもので、律管でもって音階の基準音としていた。
 黄鐘律管の長さは、上述『呂氏春秋』の記録である3寸9分が最古のものとされるが、 『漢書』律暦志では
「本起黄鐘之長。以子穀秬黍中者,一黍之廣,度之九十分,黄鐘之長」
と説明し、 黄鐘律管の長さが90粒の中位の黍(きび)を並べた長さと同じ9寸としている。 同じく『漢書』律暦志には、黄鐘の龠(やく;容積)が1,200粒の黍の量、重さは龠に相当する1,200粒の黍の重さを十二銖、 すなわち、黍100粒の重さが1銖(しゅ)、1両が24銖、16両が1斤(きん)、30斤が1鈞(きん)、4鈞が1石だと記している。
 『淮南子』天文訓には
「黄鍾之律九寸而宮音調」
などと書かれており、黄鐘律管の長さは9寸ぐらいだったと解釈できる。 ここにおいて、黄鐘という音律が度量衡のすべてに換算され得ることが解る。 黄鐘と度量衡の関係は『五経図彙』にも右図(図-3)のように示されている。
 黍の粒形状は揃っているそうだが、赤、白、黄、黒黍など数種あり、北中国では黍を主食にしていた。 『中国度量衡史』によれば、どの黍を用いたのか…とか、黍を縦・横・斜と、どのように並べたのかという変遷が書かれている。 同書によれば、黒黍の記録が多く、81縦黍=90斜黍=100横黍の関係があるようだ。 さらに、朱子の論「三黍四律法」によれば、黄鐘律の長さは100横黍(10寸)、81縦黍(9寸)、81縦黍(8寸1分)、90斜黍(9寸)などとも紹介している。 同書には律管の他に、度量衡の基準物として自然物(人体、絲毛、穀物の種)と人為物(圭璧=環状の珪石玉器、貨幣)なども挙げられている。
1 石 = 4 鈞 = 120 斤 = 1,920 両 = 46,080 銖 = 黍4,608,000 粒の重さ(≒27,200g)
1 鈞 = 30 斤 = 480 両 = 11,520 銖 = 黍1,152,000 粒の重さ(≒ 6,800g)
1 斤 = 16 両 = 384 銖 = 黍38,400 粒の重さ*(=226.67g)
1 両 = 24 銖 = 黍2,400 粒の重さ(≒ 14.17g)
* 226.67g は[小泉袈裟勝 『歴史の中の単位』、p.254、総合科学出版、1974年11月10日発行]を参照

4.三分損益法

図-4 三分損益法

 五音に対する三分損益法は『管子』地員篇に、十二律に対する三分損益法は『呂氏春秋』季夏紀音律に夫々見られる。 三分損益の法で五音を得るには,宮を出発音として、5度上と4度下を交互にとり,宮・徴・商・羽・角の順で決定する。 これを音高順に並べると,下から 宮・商・角・徴・羽 (現代音 ド・レ・ミ・ソ・ラ に相当) となる。
 黄鐘を主音とする十二律は黄鐘、大簇(たいそう)、姑洗(こせん)、蕤賓(すいひん)、夷則(いそく)、無射(ぶえき)、大呂(たいりょ)、夾鐘(きょうしょう)、 仲呂(ちゅうりょ)、林鐘、南呂(なんりょ)、應鐘(おうしょう)で、前半6つが律、後半6つが呂の十二律呂である。 中国古代の十二音律算定法は、主音の黄鐘律管の長さから三分損益法をほどこして各音の律管長を算定することができる。 先ず、黄鐘律管の長さ(例えば9寸)を三等分し、その一(3寸)を取り去ると、残りの3分の2(6寸)の長さの律管は、 黄鐘より完全5度高い林鐘が得られる(三分損一)。反対に、その一を黄鐘律管の長さ加える(12寸)と、 黄鐘より完全4度低い大簇が得られる(三分益一)。このように、三分損一と三分益一を交互に繰り返していくと、十二律の各音が求められる。 しかし、12番目の仲呂を三分損一しても、正確に元の黄鐘音に戻ることはできない。
 東洋史学者宮崎市定は「洋の東西で同じような現象が歴史上にあらわれてくる」という。 宮崎が言うには、東洋(中国)にもルネッサンスがあり、それは絵画の分野において顕著に見られるのだと。 宮崎市定の指摘にヒントを得て、古代中国の音律に似た音律の現象を西洋に求めた。そこで知見されたものが、ピタゴラス音律である。

5.ピタゴラス音律

図-5 ウィトルーウィウス的人体図(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

 古代西洋の建築論がまとまった形で現代にまで伝わった唯一の書と言われるウィトルーウィウス(c.90-c.20BC)の『建築十書』は、 西洋建築史上最も影響のあった書物とされる。
 この書の原理的概念は、建築の三原理、六構成原理、様式である。 ウィトルーウィウスは、建築の満たさねばならない三つの基本的要求が強・用・美であるとしている。 美は全ての美的要求、なかんずく比例の美的要求だとする。彼は第5書で音律にも言及しているが、それは音響効果に対してであった。 彼は美的要求の比例を音律からではなく、人間の肢体から集めた人体比例から求めた。(参考文献-7)
 人体比例はレオナルド・ダ・ヴィンチの描いたウィトルーウィウス的人体図で知られている。 人体比例には偶然ながら、ピタゴラス音律から得られた整数比の構成数字である 1、2、3、4 などが含まれていた。
 三平方の定理で有名な古代ギリシャのピタゴラスは、協和する音の関係に数的な秩序を見出そうとした。 彼は、共鳴箱の上に1本の弦が張られ、駒を動かすことによっていろいろな音高を出すことができるモノコード(一弦琴) という音程計測を目的にして作られた楽器を2台使って、駒を動かして弦を色々な比率に分割しながら2台の弦の長さの比率と音程の関係をさぐり、 オクターブ(2/1)、完全4度(4/3)、完全5度(3/2)などの音程と数比との関係を解明した。
 さらにピタゴラスは、モノコードの実験により,1 と3/2 と2 の三つの数比を使って1オクターブを7つに分割できることを発見した。 その調律の実際は三分損益法と同じく、振動数の比率が 2:3 である完全5度音程を積み重ねていくもので、 完全5度を6回積み重ねると7音からなる1オクターブ全音階が得られた。
 例えば、C音の5度上がG音(3/2)、G音の5度上がD音(9/8)、D音の5度上がA音(27/16)、C音の5度下がF音(4/3)、F音の5度下がB音(16/9)などとなる。
 こうして調律した音階をピタゴラス音律という。 このピタゴラス音律で調律すると、全ての5度は純正に響くのだが、両端だけはやや狭い 678セント*)になってしまう。 この狭い5度は狼の吠える声のようなウナリを発生させるので「ウルフ」と呼ばれ、完全5度との差は約 24セントになる。 この差のことを「ピタゴラス・コンマ」と称している。
 三分損益法は律管の長さを変える事で音階を得たのに対し、ピタゴラス音律では弦の駒(長さ)を動かす事で音階を得た。 両者が用いた完全5度は様々な音を生み出す“母なる音程”で、洋の東西を問わず、古来から人類共通の普遍的な音感覚を育んできた。 実に、6弦のギター、3弦の三味線の本調子、2弦の二胡における開放弦の音程にもD音とA音という5度音が含まれている。 D音を1オクターブ上にすれば、A音とD音は4度音となるから、完全5度(3/2)と完全4度(4/3)は“転回音程”なのである。 更に、これらの数比を見れば、完全5度は三分損一、完全4度は三分益一と同様であることが明白となる。
 ピタゴラスの業績は、音階を整数比で表現できることを発見したことである。 しかし、ピタゴラス音律が黄鐘のように度量衡の基準となることは、管見ながら、見出せなかった。
 ただし、西洋の建築古書に、ピタゴラス音律の整数比が西洋建築の幾何学パターンや構図の尺度比に見いだされた……という記述は残っている。
*) セント
音程の単位。100 セント=1 半音。
オクターブは周波数とは比例しないが、その対数とは比例する。そこで、その値を音程の単位として用いられることになった。 1オクターブを12半音に分割したときの1半音を、その周波数の対数の差で100セントとされた。
周波数aとbの間隔のセント値(n)を求める式は以下から求められる。(常用対数は底を省略)
   $ n = 1200·log_2(\frac{a}{b}) = \frac{1200}{log2}·log(\frac{a}{b}) ≒ 3986·log(\frac{a}{b}) (a > b)$

6.日本への影響

写真-1 妙心寺の梵鐘(出典:Wikimedia Commons)

 実は、日本にも雅楽などに黄鐘律(現代音≒ラ)が導入されている。 しかし、日本の黄鐘は、十二律のうちの林鐘(りんしょう)に相当する音なので、日本では黄鐘を“おうしき”と訓ずる。 母親が低い声で子守歌を唱いながら赤ん坊を寝かしつける音程が黄鐘調だともいわれている。
 『従然草』第220段後半で吉田兼好は
「凡そ、鐘の声は黄鐘調なるべし。これ無常の調子、祇園精舎の無常院の声なり。 西園寺の鐘、黄鐘調に鋳らるべしとて、数多度鋳易いかへられけれども、 叶はざりけるを、遠国おんごくより尋ね出されけり。 浄金剛院の鐘の声、また黄鐘調なり」
と記している。
 京都の妙心寺に国宝の黄鐘調大鐘一口がある。 現在鐘楼に吊るされている梵鐘は、国宝黄鐘調大鐘の複製品であるが、原物と同じ音色を出すために、 複製品製作者の鋳匠・岩澤宗徹(京都太秦)は大変な苦労をしたようだ。 因みに、複製黄鐘調大鐘の音色は唐古律の黄鐘(=雅楽の神仙)に当たる129ヘルツ(現代音≒ド)であるというから、複雑なことである。 日本において梵鐘の音色は黄鐘調が理想と言われたようだが、その音調を得ることは相当に難しかったようである。

【参考文献】
  • 奥田昌男、他:『音律と古代度量衡の史学的研究』、立命館大学理工学研究所紀要第68号
  • 松本愚山:『五経図彙 上巻』、山本長左衛門
  • 呉 承洛:『中国度量衡史』、商務印書館出版
  • 呉釗、劉東昇:『中国音楽史』、シンフォニア
  • 宮崎市定:『中国文明論集』、岩波書店
  • 藤枝守:『響きの考古学』、音楽之友社
  • 森田慶一訳注:『ウィトルーウィウス建築書』、東海大学出版会、1979
【参考ウエブサイト】

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